BmA4

目が覚めた私に待ち受けていたのは、これでもかという程の豪勢な食事。朝食らしいラインナップではあるが、食卓を囲む人数を考えるとあまりに量が多過ぎる。窓の外には真っ青な空が広がっていて、まるで遅い昼食のようだった。メイドさんが引いてくれた椅子に腰を下ろし「おはよう神崎さん」と声をかけてくれた王様に「おはようツナ君」と挨拶を返す。(王様相手に君付けもどうかと思うのだが、王様からの希望だから仕方がない)

「綱吉、昨日の件だけど何とかなりそう?」
「なるとは思うんですけど、でも俺時間が…」
「行きたくない、じゃなくて?」
「おい、十代目に何失礼なこと言ってやがるんだ!」
「うるさいよ、僕は今綱吉と話してるんだ。それとも君が届けてくれるとでも言うのかい?」
「なんで俺がお前なんかの…!」
「まぁまぁ獄寺も抑えろって」

昨日の件とは何だろうかと気になるのだが、しかし無闇に首を突っ込む事は居候の身として避けたいので黙々と朝食を口に運んだ。流石王様の朝食と言うべきか、見た目以上に美味しい。こんな朝食が食べられるのならこの世界にしばらく留まるのもいいかも、などと思ってしまう自分の食欲を腹立たしく思いながらも黙々と食事を進めてはみたが何時まで経っても四人の(というよりも主に二人の)口論は止まる気配がない。口を出すのは差し出がましいかもしれないが、一宿一飯の恩義は返しておきたいものである。

「…それ、私が持って行ってあげようか?」
「何言ってるの。道も分からないくせに」
「地図でも用意してくれたらそれくらい大丈夫だよ。子供じゃあるまいし」
「でもお客さんにそんな事させる訳には…!」
「でも案外良いんじゃね?なんていうか本人が行くのが一番手っ取り早い気もするし」

山本君の言葉に三人は顔を見合わせる。本人という言葉が少し引っかかったが、それを気にするよりも先に胡散臭いくらいの爽やかな笑顔を向けられ思わず閉口してしまう。騎士という他の三人に比べ低そうな地位に居るのにも関わらず何故か山本君が一番発言力があるように思えた。



朝食中のやりとりが酷く懐かしいもののように思えてくる。たった一時間帯前、ただ一時間帯前だからといって体感時間は二時間も三時間も前のことのように感じてしまう。この世界は時間という概念そのものが欠落している。気が付けば辺りが変化している不安定な時間帯の連続。さっきまで青空が広がっていたというのに今はもう真っ暗で来たはずの道は暗闇に消えていた。すぐに着くよ、と言われていた屋敷は一向に見当たらず途方に暮れてしまう。

「この年で迷子…ヒバリに迷子なんてなる訳ないって断言したのに…」
「お前、ヒバリの知り合いか?」
「…誰かいるの?」

暗闇の中からいきなり声がしたと思えば私の問いかけと同時に辺りに響くのは鈍い銃声。運動会で聞いた空砲やこの前ヒバリが撃ったものとは何かが違う。背筋がゾクリとするような感覚に陥り、そのまま崩れ落ちそうになるのを堪えた。そんな私を嘲笑うかのようにクツクツという低い笑い声が耳元を掠める。

「全くの素人のようだな。本人にヒバリの知り合いか?」
「知り合いだけど…ってそんなこと貴方に教える必要はないと思うんだけど?人のこといきなり撃っておいて失礼じゃない?」
「その割に元気だな。度胸だけはあるって訳か」
「訳分からないんだけど。それに貴方一体誰?ヒバリの知り合いなの?」

私がそう言うとどこからともなく真っ黒なスーツにシルクハットを被った男の人が現れる。(この世界で見た中では一番まともな服装だ)ただシルクハットの上で動く緑の物体と暗闇に隠れる長い尻尾だけが奇妙だった。先端にふさりと毛の付いたその尻尾の正体は分からず、時折揺れるその尾に視線を奪われながらも、緑の物体も同じように興味深げに眺めているとレオンだと彼が教えてくれる。どうやらその緑色の何かはカメレオンのようで、何故そんなものと行動を共にするのかという事はあまり深く気にしない方がいいだろうと私の本能が告げていた。

「俺の名前はリボーンだ。家庭教師をやっている」
「家庭教師っていうのが貴方の役なの?」
「いや俺の役はグリフォンだ。…お前もしかして余所者か?」
「そうらしいけど」
「ヒバリが呼んだのは意外だったが、あいつの知り合いで素人なのは頷けるな」

グリフォンという言葉には聞き覚えがある。初めてツナ君と出会った時から彼の口から出た言葉。確かグリフォンと猫が一緒なら隣の国に行くことが出来るとかそんな内容を言われたのはうっすらと覚えている。しかしグリフォンが一体何なのかを謎に思う以上に何故私が余所者だと分かってしまうのが不思議で仕方がない。私のことを知っている素振りは全くないのだから、分かるはずがないのに。

「なんで余所者って分かるの?」
「余所者は大体見たら分かるもんだ」
「どうして?」
「俺達とは存在が違うからな」

そのまま何故?と問い掛けたくなるのを抑える。存在が違うというがただ別の場所から私は来ただけで、見た目は何一つ変わらない。それなのにこうして見透かされてしまうことが不思議で仕方がなかった。余所者だというだけで何故存在まで違うことになってしまうのか、問い掛けようとして口を噤む。切れ長の彼の目が私を射抜いた後に逸らされ、またなと低い声が耳をくすぐる。またねと片手を上げ向けられた彼の背中を見送りかけるも、自分の今の状況を思い出し、慌てて彼の服の裾を引っ張った。(この程度でそんなに睨まないで欲しい)

「ちょっと待って」
「なんだ?」
「道を教えて欲しいの」
「…そういえば迷子らしいな。どこに行くんだ?」
「えっと…ツナ君に頼まれてヴァリアーさんのお屋敷まで」

そう言った私を何故か哀れむような目で見たかと思えば頭を数度撫でられる。優しい手付きというよりは、やはりどこか憐れみに満ちていたが、それはやはり気にしない方がいいのかもしれない。



ひっそりとそこに建つ古めかしい洋館は大きな塀に囲われ、思わず溜め息を零してしまう。洋館という外装は城なんかよりも余程リアリティがあり、あぁ立派なお屋敷なのだと、思わずしみじみとしてしまう。隣にいるリボーンに此処かという意味合いを込めて視線を送れば彼は小さく頷いた。

「こんな大きな屋敷にヴァリアーさんって住んでるんだ」
「ヴァリアーさんは止めろ」
「どうして?流石に初対面相手に呼び捨ては…」
「ヴァリアーは組織の名前だ。暗殺集団ヴァリアー、その手紙はボスのXANXUSに宛てたものだろう」
「暗殺…集団?」

ツナ君が行くのを渋っていた理由は此処にあるのかもしれない。そしてリボーンの浮かべる哀れみ混じりの視線の意味がようやく分かった。組織の名前を人の名前と勘違いした私に向けての嘲り、そして暗殺集団とは知らずの訪問したことに向けての同情だ。暗殺集団だと知っていれば代わりに訪れようなどと思わなかったのだろう。あの四人は何故教えてくれなかったのか。

「まぁ頑張るんだな」
「…旅は道連れ世は情けって言葉はこの世界にないの?」
「あるが、俺はそこまで優しくはないぞ」
「ちょっとくらい大目に見てくれたっても良いじゃない」

暗殺集団と言われ堂々とその屋敷に入って行ける程私の神経は図太くない。リボーンの手を無理矢理引っ張ってでも一緒に中に入ってもらおうとしたものの、彼はするりと無駄のない動きで私の手を避ける。避けるだけではなくそのまま私を屋敷の開いた門から中へと押し込んだのだからその身のこなしはかなりのものだ。振り返るとそこにはリボーンの姿はなく、しかしそれを不思議に思うよりも先に私の顔のすぐ横を何かが掠める。振り返った先、キラリと光るその正体は妙にデザインの凝った細身のナイフ。

「ねぇ、アンタ何してんの?」
「今…ナイフ…ナイフが…」
「答えないと殺しちゃうぜ?」
「う゛お゛ぃぃ、ベル、屋敷の敷地内で殺しは禁止ってつい最近決めただろぉ」
「えーでもさ、侵入者くらい殺して良いと思わねぇ?」
「じゃあ敷地から追い出して殺せ」
「めんどくせー」
「じゃあ俺が殺すぞ」

いつの間にか目の前に人が現れたと思えばナイフの刃の部分でピタピタと頬を叩かれる。まるで人質か何かにでもなった錯覚に陥ってしまう。こんな状況に私を置いていったリボーンが恨めしい。生死のレベルで自分の身を案じるなど出来ればあまり経験したくないところだ。一歩後ずさろうにも後ずされないこの状況に息を呑み沈黙が頬に当てられたナイフよりも痛い。逃げだそうにも長い銀髪をなびかせる、やけに声の大きな人に剣を突きつけられ身動きが取れずにいる。眩しいばかりの金髪にティアラを乗せた彼と銀髪の彼は同じヴァリアーの人間なのか全く同じ形をした黒いコートを着ていた。金髪の彼が面倒くさそうに私から離れると同時に銀髪の彼が近付いてくる。あと一歩でも近付けばきっと殺されてしまうだろう。余所者です、などと名乗ったところで殺されるという結末に変わりはないだろう。駄目もとで「ちょっと待って」と制止の言葉をかければ意外にもそこで足を止めてくれる。(…馬鹿?)

「私ここのボスに用事があって…」
「ボスに用事?あっもしかしてボスの愛人か何か?」
「アイツの愛人…ってことは殺すと後が厄介だな。」
「どうすんのさ」
「…女、ボスに用があるならとっとと着いて来い」

まさかの展開に思わず閉口してしまう。来いと言われるがままに銀髪の後ろを歩き、もう一人の金髪に横から小突かれながら屋敷へと連れていかれる。銀髪の人の側頭部には肌色小さな耳がついていて、時々ぴくぴくと動いていた。こんな時にも関わらず、なんだか可愛いなぁと思ってしまい、そんなことを考えている場合じゃないとふるりと小さく首を横に振った。

「どうかした?」
「あっいや、なんでもないです。緊張しちゃって」
「緊張するなんて弱っちぃ証拠じゃん」
「貴方は緊張しないんですか」
「王子が緊張なんかする訳ないっての」
「おい、お前ら。無駄話なんかしてんなよ」

どうやら王子様らしい金髪の彼が目敏く、私のちょっととした動作に気付き、咄嗟に言い訳の言葉を口にする。しかし緊張しているというのはあながち嘘ではない。大きな屋敷の中は外装通りの豪華な装飾に思わず目を奪われてしまう。口に出して始めて自分が緊張しているのだと認識しながら真っ直ぐに銀髪の彼の後ろを歩いた。最早愛人だということを否定をする勇気もなく、かと言って流石に愛人だと肯定することも出来ず極力無言のまま(たまに金髪の彼に応えながら)進めば、ある一つの部屋の前に辿り着く。一際重そうな扉が開かれれば家具の少ない部屋にいたのは一人の人。机に足をかけ座る様子はあたかも自分が偉いと言っているようなものだった。

「客人か?」
「…ボスの女じゃねぇのかぁ?」
「そんな女知らねぇな」
「う゛お゛ぃぃ、お前俺を騙したのか?」
「そいつ肯定も何も言ってねーのに先輩が勝手に勘違いしただけじゃん」
「言い出したのはお前だろうが!」

机に座った人からぎろりと厳しい一瞥を食らう。銀髪の人は今にも金髪の人に切りかかろうとしていて、金髪の人がシシっと笑い声を上げた。ボスと呼ばれたその人(名前は確かXANXUS)は不機嫌そうな顔で私を眺めたまま口を開こうともせず、どこか苛立たしげにコツリと爪で机を叩く。沈黙に耐えきれず「これ綱吉君からです」とポケットから白い封筒を取り出し差し出せば、無言のままXANXUSさんはそれを受け取り、そして封を開けた。中から取り出されたのはこれまた白い手紙で、XANXUSさんの目がそれを追う。

「…女、お前余所者か」
「あっ、はい」
「あの小僧に分かったと伝えておけ」
「えっコイツ余所者な訳?俺余所者って初めて見るんだけど。ボス、余所者殺してもいい?」
「駄目だ」
「えーじゃあちょっと切り刻んで心臓取り出してもいい?」
「こいつに危害を加えるな」

どうして?と首を傾げる金髪の彼にXANXUSさんは無言のまま封筒の中に入って手紙を差し出す。それを読めば金髪の人は納得した様子を浮かべ、読み終えた手紙を無造作に宙に放り投げた。王様直々の手紙をこんなにも粗末に扱っていいのか謎だが、彼にとってはそんな事はどうでも良いらしい。宙にふわりと浮く手紙を慌てることなく掴む銀髪の彼のその様子はどこか慣れていて、苦労しているのだと感じさせられる。

「…おい、カス鮫。こいつを城まで送って行け」
「珍しいな、ボスがそんな反応すんのは」
「くだらねぇ事言ってねぇでさっさとしろ。それと女、何かあったら何時でも来い」
「えっと、よく分からないんですけど有り難う御座います、XANXUSさん」
「…このカスが」

カスと言われて少々頭に来たが言い返すと後が怖いのでとりあえずは会釈を一つ残し部屋を後にした。真っ暗な帰り道銀髪の彼が、あれはXANXUSさんなりの照れ隠しだとこっそり教えてくれる。案外XANXUSさんは悪い人ではないかもしれないと思いながら、一人では帰れなかっただろう暗い帰り道を進む。名前を知らないと会話に不便なので名前を聞くと彼はスクアーロだと名乗り、そして金髪の彼はイカレた王子でベルフェゴールだと教えてくれた。暗い帰り道は一人で歩けばきっと不安で堪らなかっただろうに、今はちっとも不安ではない。ぴくぴくと動くスクアーロさんの耳に視線をやりながら、隣に暗殺者がいるのにも関わらず何の心配もせずにお城へと向かった。でも子供じゃないから手までは繋いでくれなくていいのに。(ただその手はやけに温かくて優しかった)