Ⅱ、実験

軽く壁を叩いた。音が全くしない。それは当然だと男は思う。この部屋は外からの干渉を一切受け付けないように出来ている。クリーム色の白い壁、天上からぶら下がる青白い電球、二つの色のコントラストはいつ見ても不愉快で男はこの部屋が嫌いだった。しかし実験の為なら仕方がないと割り切る。


「さぁ、準備はいいかねクランチェスカ。」
「はい、マスター。貴方のお言葉の通りに私は動きます。なので準備などというものは必要ありません。」


部屋の中には三人の人間が居た。一人はクランチェスカと呼ばれた少女。喋り方は少し、というよりもかなり堅苦しい物だったが見た目は少女と呼ぶに相応しい瑞々しさを持っていた。もう一人はマスターと呼ばれた男。撫で付けられた黒髪に眼鏡、そして眼鏡というその容姿は明らかに男の身分に似合い過ぎていて、逆にうさんくささを醸し出していた。そして最後に少年が一人。一言も喋らずにただそこに存在していた。


「では実験を開始する。」


長い長い沈黙。少女はゆっくりと目を閉じた。男はその様子をじっくりと眺める。少年は緊張した面持ちで拳をぎゅっと握り締めた。誰一人として音を発はせず、動き出そうともしない。一秒が一分に感じられるようなそんな沈黙。


「失敗、か。」


ふと男が声をもらした。その声に合わせてか少女は目を開ける。少女の鈍い光を放つ目が男を見つめていた。この少女は一体何を考えているのだろう、男は意味もなくそんな事を考えてしまう。本当に意味は無かった。男は知っていたからだ。少女が何かを考えている訳がない事を。少女が感じている事全てが自分の設定したプログラムによるものだということを。