負け犬賛歌

途中適当。名前がミシェルなのはご愛嬌

負けた。それを認識出来ない程自分は馬鹿ではない。しかも接戦だった、悔いはないと言えたのならまだ良かったが、明らかな完敗でしかも未練はタラタラだ。情け無いと自分でも思う。最初から最後まで勝つつもりでいた。勝つこと前提で昨日までを過ごしたのだ。完璧な負け犬だ
「貴方はただの負け犬だわ、XANXUS」
「…何しに来た、ミシェル」
「何ってお見舞いよ。部下が上司を見舞うだなんて当たり前のことじゃない」
「嫌がらせにしか見えねぇ」
「歪んでるわね。本当に嫌がらせするつもりなら今頃こんな所には居ないわ」
なんというタイミングの悪さだろう。突然の部下の見舞いにXANXUSは小さく舌打ちを打った。病室のベッドの周りに張られたカーテン越しにうっすらと映った影を眺める。この部屋に入れられてからウザいだけだと思っていたカーテンを今だけは便利に思えた。カーテンが無ければ視線を不自然にずらすことになっていただろう。そしてミシェルのことだ、そんな自分の心情を分かっていて無理矢理にでも視線を合わそうとするに違いない。
「それで、負け犬になった感想はどう?」
「感想なんざある訳ないだろ」
「ちなみにスクアーロは最悪だそうよ」
「あのカス鮫の所にも行ったのか」
「えぇ、貴方よりも先にね」
妬いた?とミシェルはクスリと小さく笑みを零した。XANXUSは何も答えないでいる。しかしミシェルにとってはそれが一番の答えだった。肯定の言葉よりも余程嬉しい。すぐに否定出来なかったXANXUSが彼女にとってとても愛しい存在だった。うふふ、と満足げな笑みをカーテンの向こう側で零した
「それにしてもヴァリアーの精鋭部隊が一人に負けちゃうだなんて馬鹿みたい」
「所詮はただのカスだ」
「貴方以外は?」
「あぁ」
「なら私も?」
XANXUSが肯定出来ないことを知っていてミシェルは彼に問い掛けた。肯定の言葉も否定の言葉もない。先程と同じやり取りだ。問い掛けが変わっただけで他は何も変わりない。答えを知っている問い掛けは先程以上に意味がなかった。XANXUSは再び舌打ちを打つ。今鏡を見ればとても情け無い顔をしてるに違いない、と思いながら
「私を出せば良かったのに。私ならその一人くらい倒せたわ」
「カスの相手はカスで充分だ」
「違うでしょ、XANXUS。貴方は私が好きだから前線に出させなかったんだわ」
「人をおちょくるのも大概にしろ」
「誰も貴方をおちょくってないわ。負け犬だろうが何だろうが貴方は私のボス」
ボス、とミシェルは嫌味ったらしく、しかしどこか優しげな声でXANXUSを呼ぶ。しかしXANXUSはどう応えればいいのか分からなかった。この世の鏡という鏡を叩き壊してやりたい衝動にかられる。自分は今どんな顔をしているのだろう。それを想像するだけでも反吐が出る。いつもの暴虐なまでの態度はどうした。自分で自分を消し去りたくなる
「知ってた?私、ルッスーリアとレヴィより強いのよ?」
「…なんでそんな事が分かる」
「戦った事があるんだもの。貴方に内緒でね。ルッスーリアもレヴィも私に負けたことは秘密にしたいらしいの」
「女に負けたなんて屈辱的だろうからな。それに負けた奴はカッ消す」
「それもあるけど、私を幹部から外す理由が無くなるからよ。レヴィは貴方のこと大好きだから」
ミシェルの指がカーテンの端にかかった。開けるな、とXANXUSは珍しく慌てながらミシェルの手を掴む。しかしミシェルはそれを無視して、そのままカーテンを全部開けた。今の自分を見られたくなかった。情け無いのは充分分かっている。しかしそんなことを考えたのは目の前の女の格好を確認するまでだ。XANXUSは思わず目を見開く
「ねぇ、ボス…私と賭けをしたの覚えてる?」
「…何の事だ」
「惚けないで。口約束だったけど、ちゃんと覚えているわよ」
「くだらねぇ…」
「下らないわね、本当。絶対に勝つ…とか言って負けただなんて」
面白みにかけるわ、と呟きながらXANXUSを見下ろす。哀れみが混ざったその目で射抜き、XANXUSの赤い目を覗き込んだまま少しも視線を逸らさない。XANXUSはその視線から逃げようと顔を背けようしたが、ミシェルの目はそれを許さなかった。無言のままの微笑みは強制力を作り出している
「勝ったら結婚って賭けだったけど…負けたらどうするか決めてなかったわよね」
「くだらねぇ。ただの口約束に何ムキになってやがる」
「随分と都合の良い考え方ですこと。自分の状況を分かってらっしゃる?」
「…あんなの冗談に決まってるだろ。無効だ」
本当に冗談のつもりだったのだ。その言葉に嘘はない。しかし、もし勝っていたら自分はどうしただろうか。無理矢理ドレスを着させ、アジトへ神父呼び、イタリアの教会を奪い取る。招待客なんてくだらない物要らない。どうしても要るのならヴァリアーの奴等を呼べばいい。そんな事を考えた自分に反吐が出る
「今更だけど不公平な賭けよね。貴方が負けても私には何の利もないんだから」
「何を企んでやがる」
「企んでるなんて人聞きの悪い。」
「間違いじゃねぇだろ。間違いなら否定しやがれ」
「負けたのだからそれ相応のことをしてもらわないと」
返事になっていない。言葉のキャッチボールをちゃんとやれ、とベルに怒鳴るスクアーロを思い出して酷く笑えた。確かにそうだ。言葉のキャッチボールは大切だ。今のミシェルとは話が通じない。自分の言いたい台詞を予め用意していたのか、まるで舞台で演じている役者のようだ。舞台下にいる観客に何を言われても気にしない。アドリブで補ってもシナリオを変えることなどないのだ
「で、何をするつもりだ?」
「結婚してあげる。貴方は私が居ないと何も出来ない愚かな男なの」
「正気か?」
「可哀相だから結婚してあげるのよ。とても屈辱的でしょ?罰ゲームに相応しいわ」
「俺と結婚するのが嫌じゃなかったのか」
「でも考えてみてよXANXUS。ボンゴレ十代目候補が部下にお婿に貰われるなんて末代までの笑い話じゃない」
笑い話どころの話じゃない。ボンゴレの恥だ。軽く頭痛がする。XANXUSはこめかみを軽く抑えた。スクアーロの苦労が嫌という程分かる。こんど労ってやろうか。そんなことを思ったがあまりに似合わないのでやめた。今度八つ当たりに鼻の穴にティラミスでも詰めてやろうか思う。それが一番俺らしい
「無様なXANXUS、だけど私が一緒に居てあげる。貴方が負け犬でも構わない」
「…勝手にしやがれ
「えぇ、勝手にさせていただくわ。だって私は貴方を愛しているのだもの」
そして貴方も私を愛している。恍惚とした表情でミシェルは言い切る。勝手に決め付けるなと言いたくなったが、そんなことを言ってところでミシェルにとっては何の意味を持たないだろう。長いとは言えないが短くもない、深くも無いが浅くも無い。そんな関係であったがミシェルの性格をXANXUSは熟知していたし、逆にミシェルもXANXUSの性格を知っていた
「知ってた?こういう時は真っ先に綺麗だねって言うべきなの」
「俺がそんな事を言うと思うか?」
「思わないけど、言ってくれたら嬉しい」
XANXUSはベッドから体を起こし、ミシェルと視線の高さを同じにした。ミシェルはヴァリアーの制服ではなく白いウェディングドレスを着ている。ウェディングドレスの胸元には赤い造花の薔薇があしらわれていた。作られた美しさ。ミシェルに薔薇は似合うが造花は似合わないとXANXUSは舌打ちを打った。その薔薇を摘み採りたくて仕方がない。ドレスの薔薇を摘み採る代わりにミシェルの腕を引きそのまま強引に口付けた

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