悪魔をも魅せる薔薇

昔書いたミシェルシリーズベル編
掘り出してきた


華やかなパーティー会場。とある大富豪の誕生日。中に入る事はとても簡単だった。偽造した招待状を見せるだけ。それだけで中に入れてしまう。どこから侵入するより絶対に確実で安全だ。一度入れさえすればそれで終わりなのだから。入口には黒のスーツという定番を着た男達の姿が見えたが俺を一瞥しただけで何の反応もなかった。自分達がボディガードですと服装が主張していたが実際は能無しなのかもしれない。
「有り難うベル、助かったわ」
深いスリットの入った赤いドレスを身に纏ったミシェルがこっちを見た。いつもは俺のことを王子と呼ぶ彼女にベルと呼ばれるのはどうも慣れない。しかしこの状況では仕方のないことだと言えるだろう。一応恋人として入ったのだからそれ相応の態度を取らないといけない。今だって腕を組んでいるし、頼まれればキスの一つや二つすることになるだろう。ミシェル相手ならば別に構わないかと思っている自分がいる。
「で、俺はどうすればいい?」
「そうね…極力目立たないようにしておいて」
「了解」
ただ目立たないというのは無理な相談だった。何もしていないというのに既にさっきから注目されている。男も女も横を通り過ぎる度にこっちを振り返ってくるのだ。何も目立つ容姿をしているのは俺だけではないのだ。こういったパーティーでは結婚相手を探そうとしている奴が多いのだから至極当然のことなのだろう。男と目が合う度にミシェルはにっこりといつもと違う色艶めいた笑みを浮かべた。よくやる、と思う。俺は目が合う女達にそんな笑みを返すのも、無視をするのも面倒だった。極力視線を合わせないように、それでも目が合った場合は気付いてないふりを心掛けた。他の女に愛想も振りまかないなんて恋人を溺愛し過ぎた男のようで酷く笑える
「あれが今回の…脂ぎったオヤジね、好みじゃないわ」
「俺が代わりに殺ってこようか?」
「冗談じゃないわ。私の獲物よ。ボスが私にくれた任務なんだから」
「つまんねーの」
「貴方は大人しくしてくれればそれで良いの。これは私の任務なんだから」
覗かないでよ、と念を押されて、はいはいと投げやりに返事を返す。カツカツと高いヒールの音をさせミシェルはターゲットへと近付いていく。ターゲットの男はいかにも大富豪といった感じの小太りの男だ。指には悪趣味なギラギラとした指輪がはまっていて、あんな太く汗ばんだ汚い指がミシェルに触れるのかと思うと吐き気がした。ただ幾ら目立たないように頑張ってみたところで、これはミシェルの任務であって俺の任務ではない。恋人のふりをするのは怪しまれない為の一種のカモフラージュだ。まさか男連れの女がパーティーの主催者の命を狙っているとは誰も思わないだろう。ミシェルはいつも一人で任務をこなすので一度としてミシェルが人を殺すところをベルフェゴールは見た事がなかった。誰かと組む事があっても大抵はレヴィなので、今回は最高のチャンスだと思っていたのに。
「初めまして、今回はパーティーにお招きいただき有り難う御座いました」
ミシェルの声は遠くからでもよく聞こえる。ワインをチビチビと飲みながらそれを眺め続けた。上品な愛想笑いを浮かべながら馬鹿な男の機嫌を取る姿はどこか滑稽でもある。しかし同時にベルフェゴールにとっては腹立たしくもある。馬鹿じゃねーの、媚びる必要なんかねぇじゃん。男はミシェルの赤いドレスの胸元ばかりを見ている。その視線をミシェルは自覚しているのだろう。さらに大胆な誘いの言葉をかける。二人きりになったところで殺るのは暗殺の常套手段だ。部屋かどこかに連れ込めたら最高、連れ込めなくても人気のない場所へ行けたらそれで充分。
「なぁ、ちょっと良い?」
「はい」
「あとで挨拶に行きたいんだけどここのパーティー主催者の部屋分かる?」
「それなら二階の一番端じゃないかしら」
「そっ。サンキュッ」
ベルフェゴールは屋敷の外へ出る。外は予想以上にアベックがいっぱい居て、うぇっと思わず小さく零してしまう。とりあえず二階の一番端の部屋を外から捜す。一ヵ所だけ窓から明かりが漏れる部屋、そこがきっとターゲットの部屋なのだろう。近くに植えられた木に飛び登ればそこからは部屋の中の様子がよく分かる。ベッドの上で絡み合う男女の姿にカーテンくらい閉めろよと思ったが、カーテンを閉めなかったおかげで見えるのだから文句は言えない。声は聞こえないけど容易に部屋の中での会話が想像出来た。
「あら王子…覗いてたの?」
「たまたまだよ。たまたま。覗きなんて悪趣味なこと王子はしないから」
「王族の人間は木に登る習慣でもある訳?」
くすくすと楽しそうにミシェルは笑う。ついさっきまで同種の笑みを浮かべて媚びていた男を殺してきたというのに、いつもと全く変わりはない。血の匂いすらもなく、ドレスの赤は真紅を保ったままだ。ミシェルは人を殺すことが好きな人間だった。しかしミシェルがヴァリアーにいるのは人を殺せるからではない。人を殺すのが目的ならば今までのようにフリーの殺し屋でも充分なはずだ。彼女はヴァリアーに興味があるから此所にいるのだ。そうベルフェゴールは考える。殺しを一番の楽しみとする俺らは普通の男達と違ってミシェルに色目を使ったりすることはない。誰も彼女をレイプしようとは思わない。あぁ、でもスクアーロは別だし、しかも俺も本当はミシェルに欲情している。セックスをしたいとも思う。だって男なら同然だろ?それでなくてもミシェルはただ喘いで腰を振るだけの女達よりずっと俺好みの女だというのにだ。
「気持ち悪い。あんな男とキスするなんて何度やっても慣れないわ」
「何度って…いつもあんな事してる訳?」
「こうやるのが一番楽なの。ボスみたいな良い男なら最後までやってる時もあるけど。」
「安い体。」
「あら、高いわよ?だって代価は命なんだもの」
それはそうだろう。一時の快楽、そして束の間の優越感―その代償が命なのだから高いに決まっている。しかしどんな娼婦や女優よりもミシェルは酷く魅惑的である。きっと自分がミシェルを犯そうとしてもミシェルは何も抵抗したりしないだろう。ふとベルフェゴールはそんなことを思う。犯された後殺そうとするか、それともただ失望するかのどちらかだ。ヴァリアーの誰もミシェルをレイプしたりしないのは後が怖いからだ。彼女の強さは自分達が一番よく知っている。戦闘自体を好むようなスクアーロや俺とは違い、ミシェルは毒を盛ったり遠距離から射撃をしたり何でもしてくる。こうなったらお終いだ。いくらヴァリアークォリティーとか何とか呼ばれるような力があったとしてもミシェルには勝てない。戦う以前にリングにさえ上がらせてもらえないのだ。
「ねぇ…俺がさ、もしターゲットだったらどうする?」
「あら、寝首をかいて欲しいのかしら、王子は?」
「一応俺ら今恋人だから」
「そうだったわね、ベルフェゴール。お礼に一晩一緒に過ごしてあげてもいいわよ?」
彼女の言葉はどこまでが本気なのか。ベルフェゴールはそれを知らない。一晩一緒に過ごすというのは一体どんな意味を持っているのか。今頷けばきっとミシェルは楽しそうに笑うのだろう。しかしその先に何があるのか分からない。「ミシェルだから犯したくなるんだけど、ミシェルだから犯せないんだよ」と昔自分がスクアーロにからかい半分で言った言葉が今になって突き刺さる。頬に触れたその感覚は幻覚か、その先に何があるのが分からずにいる。



愛と欲望の戦い第二幕
悪魔さえも魅せる薔薇