BRT

書き直し完了。レーゾンの書き直し超鬱。



自分の息遣いがやけに耳障りに響く。
華南と別れ跡部は目的も行き先もなくただ走った。
息を荒げながらも体力はまだ持ちそうだなんてことを冷静に考える。
草と土を踏んだ音、土がはね白いソックスを汚す。
「ねぇそろそろ鬼ごっこは終わってくれない?」
「はっそんなもん自分で終わらせろよ」
銃声が再び響き渡る。
跡部の頬に何かがかすめた。
痛みではなくちりっと熱が走る。
頬から赤い液体が流れたことを視界の隅で確認すれば小さく舌打ちを打つ。
それと同時に越前がスピードをあげ、距離をつめる。

「じゃあ終わらせてあげるよ」

跡部と華南が別れた後越前は華南ではなく跡部を追いかけていた。
越前の本意は定かではないが、しかし跡部としてはそれで充分だった。
自分は逃げ切れるかどうか分からないが華南は必ず逃げ切れる。
それだけが彼の唯一の支えだった。
そう思うだけで、テニスのライバルとして対峙してきた相手に命を狙われている中でも絶望せずに生きよう思えた。

「あんまり弾の無駄遣いしたくないんだよね」
「こっちはそれの方が嬉しいんだけどな」再度銃声が響く。
今度のそれは跡部の左腕をかすめていった。
走っていながらの為か狙いは確かにずれている。
しかし確実に銃弾は跡部本人へと近付いていく辺り、越前の持つ器用さが表れていた。
何れは当たる。
そんな不安を抱え、ただ跡部は足を動かした。
「自分の立場分かってるの?」
そんな跡部の不安とは別に越前は華南のことを思い出す。
実のところ二人が別れたのを見たとき越前は迷った。
跡部を追うべきか井鈴を追うべきか。
体力やその他色々な面を見ても井鈴の方が跡部よりも殺しやすいだろう。
だが越前は跡部を選んだ。
理由は越前にも分からない。
しかし何故か井鈴を追ってはいけない、そんな気がした。
別に越前自体は彼女に好意を持っていた訳ではなく(持っている人間なら知っていたが)ただ廃校を出発の時にたまたま視界に入った華南の目が忘れられずにいただけ。
その時見えた、背筋がぞくりと凍るような冷たい目。
「俺会いたい人が居るんだよね」
越前はそう唐突に話しかけた。
跡部は返事をせずに走り続ける。
返事を求めていた訳ではなかったので越前は気にせず言葉を続けた。
走り続けているのに息を切らさずにいれるのは部長によって鍛えられた基礎体力の為か。
ただその理由を思い出すとどこか滑稽に思える。
「誰だかは教えられないんだけど」
「………」
「その人に会う前にあんたも倒した方がいいと思って」
華南を追いたくなかった理由以上に越前が跡部を追ったのにはもう一つ理由があった。
跡部を倒さなければいけない理由。
別に今じゃなくてもいい理由であったが、しかし今見失えば再び遭遇するのは難しいだろう。
だから何としてでも今殺しておきたかった。
自分が越えなくてはいけない、手塚国光という男を唯一倒した跡部景吾という存在を。
「だから死んでよ」
「…断わる」
「あっそ」
そっけなく答えた越前。
そして足を止め銃を構え直す。
走っていたからこそ照準がずれた。
多少距離は離れるが、それなら止まって打てばいい。
そう考えた。
「バイバイ」
引き金に指をかける。
人を打つことに戸惑いはなかった。
しかし殺すことは違う。
多少躊躇せずにはいられない。
だが手塚を倒した男を殺すことが出来ると思えばぞくぞくした。
罪の重さよりも何よりもその快感が勝っていた。
口元を歪め引き金を引くと同時に再度銃声が響く。
跡部は足を動かしながらも、その音に反射的に軽く目を閉じた。
華南が生き残ってくれるならそれでいい。
不意に脳裏に浮かび上がる華南の笑顔に越前に背を向けたまま足を止める。
どうせ殺るのなら一発で終わらせてほしい。
そんな跡部の考えを知ってなのか、再度銃声が響き渡る。
終わったと、確かにそう思ったのに痛みは一向にやって来ない。
目をそっと開いた。
頬と左腕から微かに血が流れるだけで、他のどこにも傷はない。
聞こえてきたのは越前の舌打ち。
まるで忌々しいものを見たようなその音に、跡部は恐る恐る後ろを振り向いた。
跡部、敵に背中向けとったらあかんで?」
「忍足…」
そこに居たのはライフルを片手に微笑む忍足。
そんな表情とは裏腹に眼鏡の奥に見える瞳は真剣だった。
越前は忍足を睨んでいる。
そんな越前の足下に煙りを上げる銃弾が一つ埋まっていた。
「今のはあんたが?」
「せや、俺がやった。それにしても越前、お前この殺し合いに乗ったちゅう訳か」
「まぁね」
「おとなしくこの場は見逃してくれへん?」
「俺が跡部さん殺すって言ったらどうする訳?」
「俺がお前を殺す」
そう言って忍足はライフルを構えた。
銃の知識など皆無に等しかったがライフルが遠距離からの狙撃を目的とした武器だということは知っていた。
この至近距離、加えて銃を扱った経験など全くない。
しかし天才と呼ばれる忍足だ。
確実に越前に当ててみせるだろう。
「命拾いしたね」
「それはお互い様やろ」
「何とでも言えば?」
越前はそのまま後ろに下る。
一歩また一歩。
忍足がライフルを下げたのを見て身を翻し走り去った。
それを見て跡部と忍足は二人同時にふぅと一息ついた。
それから跡部は忍足に近付く。
「すまない…その、ありがとな」
「礼を言われるようなことちゃうわ。それよりも、殺す気は無くても武器くらい持っとかなあかんやん」
「持つにも持てなかったんだよ」
「ハズレやったん?」
「時限爆弾だった」
「で、その時限爆弾は?」
「…華南にやった」
忍足は目を見開いて跡部の方を見た。
口の端がピクリと動く。
何アホなことしてんねん、とでも関西弁で罵られるかと思った。
しかし忍足の口から出たのは跡部にとって予想外の言葉。
跡部らしいわ」
その言葉には苦笑と少しの呆れがまじっていた。
まさかそんな言葉を言われるとは思っていなかった跡部は驚きのあまり、数度目を瞬かせた。
何時だって自信たっぷりな跡部がそんな表情を浮かべることは酷く珍しい。
珍しいものを見た為か、それとも越前という危機から逃れた為か、理由は定かではなかったが、忍足の声は確かに弾んでいた。
「その様子やと跡部、華南に告白したやろ」
「なっなんで分かるんだ」
やっぱりなとでも言いたげに肩を竦めてみせる忍足。
そしてからかうように言ってのける。
「しかも告白して見事振られた」
「…っ」
「図星やな。跡部って振られたん初めてやろ?」
「うっせぇ…」
しかし忍足が跡部に言ったことは本当のことであり、否定出来ずに顔を赤らめる。
何かを言った訳じゃないのに全てお見通しと言わんばかりの忍足の態度が癪だった。
自分ですらこの恋心に気付いたのはつい最近だというのに。
「まぁ、跡部が華南のこと好きやっていうのは皆気付いとったけどな」
「皆って言うと華南も…?」
「華南は気付いとらへんって。妙なとこでボケとるからなあいつ」
そう言って忍足は至極楽しそうに笑った。
跡部の気持ちなんて知らないのは当の本人くらいだろう。
どことなく大人びた不思議な印象を与える少女だった。
そのくせ天然ボケと断定してもいい程どこか抜けていて。
その独特の雰囲気に魅せられ少女に思いを寄せる部員も少なくはなかった。
しかし今はそんなことを考えている余裕はない。
「なぁ跡部、」
「なんだ?」
跡部はこれからどうするつもりや?」
「どうするって…」
「このゲームに乗るか乗らんかっちゅーことや」
跡部は口を閉じる。
死にたくはない。
しかしゲームに乗り、誰かを殺してまで生き残る価値など果たして自分にあるのだろうか。
今まで培ってきた地位など、こんな状況ではなんの意味も持たない。
華南は言った。
死にたくもないが殺したくもないと。
そんなのは実際には不可能で有り得ない事。
皆で生き残るという跡部の願いが無理なように。
生きるか死ぬか。
殺すか殺されるか。
それを選ばなければいけない。
「ゲームには乗らねぇ。でも簡単には殺されたりしない。出来る限りあがいてやるさ」
「さよか…もし乗るって答えとったら俺はお前を殺してたかもしれん」
「そうかよ」
はっと鼻で笑った。
忍足も微かに張り詰めた表情を緩める。
笑みを浮かべながらも忍足の目は本気だった。
そのせいかライフルを握り締めた手には力が入っている。
「俺もこんなゲームに乗るつもりなんかあらへん」
「なら忍足、俺と一緒に行かねぇか?」
「何の為にや?」
氷帝の皆を集めて皆で生き残る為だ」
無理だとは華南に言われてよく分かっている。
しかし氷帝の天才と言われている忍足。
こいつなら自分と違って何かやってくれるかもしれない。
そう思って跡部は忍足の方を見た。
ほんの僅かに背が高い忍足の目を見ようとすると、跡部は自然と見上げるような形になる。
僅かな身長差が大きなもののように思える。
彼なら華南を呼び止められたのではないか、などという考えても意味のない例え話を考えずにはいられない。
「ごめんな跡部…一緒には行かれへん」
「なんでだよ」
跡部は忍足の肩を掴んだ。
驚いた顔をした跡部に対し忍足は複雑そうな表情を浮かべ顔を俯かせる。
思わず肩を掴んだ手に力が入った。
「華南もそれを拒んだ。皆で生き残る…それのどこがいけねぇんだよ」
「俺も氷帝の皆で生き残りたい。それが一番の願いや」
「じゃあなんで…」
「でも今の俺にはしなあかんことがあんねん」
俯いていた顔をあげ跡部と向き合った。
その目には何の迷いもなかった。
逆に跡部は困惑していた。
皆で集まることはだれもが共通に抱く願いだと信じてやまなかった。
そんな跡部の気持ちに気付いたのか忍足は囁くように言葉を零す。
「それが終わったら跡部に付き合ったるから、それまで死んだりしたらあかんよ?」
「そっちこそ俺より先に死んだりなんかしたら承知しねぇぞ」
「分かっとるわ」
忍足は最後に跡部に笑いかけた。
跡部はそんな忍足を見て安心したのか肩から手を放す。
白いブラウスに跡部の手の跡がシワになって残ったが、跡部は謝罪の言葉は一切口にしなかった。
その様子に忍足は再び笑みを浮かべる。
「でもまぁ武器のない状態でどこまで生き残れるやろな」
「たく…縁起でもないこと言うなよ」
「すまんすまん」
「皆に会うまで俺は死なねぇ。生き残ってみせる、必ずな」
「っていうか心配で死んでも死にきれんやろ」
忍足は跡部に背を向けた。
口ではそう言ったものの一度別れればもう一度会うのは難しいだろう。
それこそ探知器でもない限り。
しかし跡部と忍足は違う道を行くことに決めた。
別れではなく、再会を心に誓って。
「立ち話もそろそろあれやし別れよか」
「そうだな」
「さよなら…やのうて、またな跡部
「今度会う時は他の皆も一緒だ」
お互いに背を向けたまま一歩を踏み出した。


少年達は違う道を進む。
その先にあるのが例え絶望だけで希望などないと分かっていても。
それでもその道をまっすぐに行く。
道の先、辿り着く場所はきっと一緒だから。

――残り43名