BmA第二話

ハトアリ、クロアリパロ。保存のためはてなにアップ。
ヒバリ女王陛下つんでれ疑惑浮上中。



ドンッと勢いよく彼の胸を押し距離を作る。隣に居た男の子が私以上に慌てた様子で「ヒバリさん…!」と誰かの名前を呼んでいた。それは恐らく目の前にいる彼の名前で私のファーストキスはあろう事かヒバリという名の女装男に奪われてしまったようである。悲しいかな、年齢と彼氏が居ない歴がイコールで結ばれてしまう私が守り続けてきた唇はこんなにも無残な形で奪われてしまった。


「っ…何、するのよ」
「何ってただ薬を飲ませただけだよ」
「薬飲ませるのにわざわざキスなんてしなくても!せめて一言言ってくれれば良かったのに」
「言ってもどうせ飲まないだろ?」
「変な薬じゃないなら飲んだかもしれないもの」
「変な薬じゃないと言ったところで君は信じたりしない。それちキスがしたくてキスをした訳じゃないから事故か何かだと割り切っておきなよ」
「そう簡単に割り切れるか…!」


顔は良いのに性格は最悪だ。そして服装の趣味も。女装癖を否定するつもりはないがこうも美人だと腹が立ってくる。私とヒバリの顔色を伺いながら未だにオロオロと慌てている兎耳の彼を横目にやけに鮮明に残った感触を消すため唇をゴシゴシ擦っていると受け取れと言わんばかり差し出されたのはもう中身が一滴も残っていない小瓶。きっと私は今物凄く怪訝そうな顔をしているに違いない。綺麗だという理由で空き瓶を残しておくような可愛げのある性格は生憎持ち合わせていないのだ。


「はい、これあげる」
「あげるって空瓶はゴミ箱にでも捨ててよ。こんなの私は要らない」
「君は要らないって思ってもこれは君に必要なものだよ。元の世界に帰る為の道具だ」
「要、ら、な、い。空き瓶一個で全てが解決するなんてどんなご都合主義なのよ」
「これはゲームなんだ。ゲームには必ずルールが存在する。まぁ僕は統治者だからある程度のルール破りは許されるけどね」
「統治者なんだから人一倍ルール守るべきだと思うんだけど?」


それに小瓶を持ち歩かないといけないというルールも何やら意味不明である。今まで様々なゲームをしてきたが鍵となるアイテムが小瓶、しかも空瓶というのは見たことがない。差し出されたそれを受け取ろうかどうか迷うのだが、しかし後からこれがないと帰れない!貰っておけば良かった!なんて後悔するのは真っ平ごめんだ。手を伸ばし小瓶を受け取ればそれをポケットに仕舞おう、とした瞬間いきなり勢いよく開いた扉。…焦って手から落とすところだったのは言うまでもない。


「お帰りなさいませ十代目!お仕事ご苦労様です」
「あっ獄寺君、そっちもお疲れ様」
「ツナ、言われてた兵士達の鍛錬終わったぜ。んっ?お前見慣れないけど侵入者か?」
「十代目のこの城に侵入者だと!おいお前、とっとと出て行け」
「おいおい獄寺、そんな甘い事言ってたら宰相失格だぜ?再発っていうのは防止する為にあるんだと俺最近思うんだよなー」


部屋に入ってきたのは二人の男の子。片方の子についた灰色の兎耳に目が思わず向いてしまったのだが、もう一人の子にいつの間にか突きつけられた鋭い剣に思わず息を呑む。こんな堂々と部屋の中に突っ立っている侵入者がどこにいる、と突っ込んでやりたかったのだが目の前にある剣はどう見ても真剣だ。爽やかな人好きしそうな笑顔を向けられているというのに背筋にゾクゾク冷たいものが走る。兎耳の方にも思い切り睨まれ、まさに蛇に睨まれた蛙状態だ。


「駄目だよ山本!それに獄寺君も!えっと…あのね、その子はこの国の客人なんだよ」
「客人?ってことはこの方は十代目のお友達…すみません、俺そうとは知らず失礼な事を…!」
「馬鹿だな獄寺、そういう意味じゃねぇよ。アンタ余所者だろ?」
「その呼ばれ方は色々と腑に落ちないんだけど、そうなるのかな」
「あー悪い、余所者っていうのはさ悪い意味じゃなくってさ…なぁヒバリ、どう説明したらいい?」


剣を退け、ニカッと眩しいばかりの笑みを向けられる。真っ青なコートの下に見えるのはここに来るまですれ違った人が着ていた白い隊服、騎士か何かを彷彿させるその格好はこれでもかというほど爽やかな彼にはよく会っていた。灰色兎耳の彼も先程までの鋭い目つきはどこへやら。耳をシュンと下げ、伺うような視線を私…ではなく白色兎耳の彼に向ける。兎にはどうやら序列というものが存在するらしい。青と白のチェックがやけに可愛いスーツなのだが、メルヘンチックな兎耳にはよく合っていた。彼自身はメルヘンチックな外見とはかけ離れた中身をしているようだったが、そのギャップがどこか可愛い。


「何も知らないみたいだから一から説明しないと。あとその服もどうにかする必要があるね」
「まぁそれは確かに」
「えっ普通のブレザーなんだけど駄目なの?」
「駄目じゃないけど、多分目立つよ。服の系統が俺達と違うからさ」


系統が違うと言われ、それには同意せざるを得なかった。ここには私の着ているようなラフな格好の人は居ない。制服がラフかどうかは分からないが、しかし彼らが着ているような服やすれ違った人達の服と比べると明らかにラフだ。気付けば女装男はいつの間にか偉そうにまた椅子に座っていて白色兎耳を手招きし、耳元で何かを囁いていた。耳元で囁かれそれに笑顔で頷いたかと思うと、灰色兎耳の手を引き二人は大きな扉から部屋の外へと出て行った。兎に序列はあるがどうも仲は良いらしい。


「僕が昔使ってた服を着ればいい。メイドが捨ててないならまだ残ってるよ」
「借りる立場で文句は言いたくないんだけど、せめて女物を用意してよ」
「女物だよ」
「…その女装って昔からだった訳?」
「女装じゃない。これはただの衣装だ」
「衣装?女の子の役でもしてるの?」


彼らの言葉は色々と腑に落ちない。私の夢なのだから私にもっと分かり易い形で物語は進むべきではないだろうか。美形だらけで目の保養にはなるかもしれないが、服の趣味はお世辞にも良いとは言えない。これが私の夢だと考えると非常に複雑な気持ちになってくるのだが、しかしそれを気にすると私の人格さえも疑いたくなってくる。余程私が怪訝そうな顔をしているように見えたのか、慌てたように騎士風情の彼が言葉を付け足す。


「ヒバリはな、白の国の女王陛下なんだよ」
「ゲームの配役は僕達の知らないうちに決まる。女の役を男が演じる事もあれば、その逆も少なくはない」
「よく分からないけど女装癖があるとかじゃなくって、女の子の格好をしろって決められてるって事?」
「好きでこんな動きにくい格好をしたりしないよ。今だって裁判さえなかったらこんな格好してなかった。」


女王陛下はどうやら裁判も仕事の一つらしい。ただそんな事よりも女王陛下は女性から選べよ、ともし選んだ人物がこの城にいるのなら突っ込んでやりたい衝動にかられる。彼のような美形の女装は色んな意味で目の毒だ。美人過ぎてやっかみたくなってしまう。そんな私の考えを読んだのか、それとも全く読まずしてか、騎士風情の彼が腰をかがめ私の耳元に唇を近付ける。内緒話のように耳元で低く響く声がやけにくすぐったく感じられた。


「ヒバリがさ、あそこまで饒舌なのって珍しいんだぜ?機嫌がいい証拠」
「あんな顔して機嫌が良い訳?不機嫌な時と大差ないんだけど」
「ヒバリはアレが地顔だからな。ただ本当に機嫌悪かったら咬み殺されてたぜ?」


笑顔で物騒なことを耳元で囁かれ思わ表情が強張る。偶然なのかその瞬間ヒバリが椅子から立ち上がり、大きな扉が音を立てて開いた。視線は一度ヒバリの軽く開かれた目を通り過ぎ、自然と扉の方へと向かう。兎耳二人組が大きなホワイトボードとキャスター付きの衣装ケースと共にそこにいた。


「十代目の頼みだ。今から俺がこの口のことを分かり易く説明してやる」
「あっヒバリさん昔の服ちゃんと残ってましたよ」
「そう、じゃあキミ適当に選んで着なよ」
「そういえばさ、名前は?やっぱり名前って大切だよなー」


頭がイマイチ展開に着いていかないのだが、とりあえずは名前だけでも名乗っておこうと「神崎結衣です」と短く答えた。無駄に爽やかな笑顔が返ってきて反応に困る。どうやら長年剣道部という汗臭い部にいた所為か爽やかな人間は苦手な傾向にあるらしい。衣装ケースの中を見るふりをして誤魔化そうとしたのだが、衣装ケースを開けたその瞬間、体がそれ以上動かなくなった。


「ここに居られるのが白の国の王、十代目こと沢田綱吉さんだ。んでそっちにいる偉そうなのが女王の雲雀、青いやつが山本」
「俺の紹介酷くね?一応これでも騎士だし、青いのはお前と一緒じゃん」
「俺はチェックだ。お前と一緒にすんじゃねぇ」
「俺のこのコートは騎士の印みたいなもんなんだけどな。あっちなみにこいつ獄寺、この国の宰相」


可愛い兎耳の彼が王様だというのは純粋に驚いた。しかしそれ以上に衣装ケースの中身が衝撃的過ぎて言葉が出ない。ふりふりブリブリのレースが沢山ついた真っ白な可愛いドレスが私をお出迎えしていた。中には青みがかったものもあるが、しかし基本はふりふり。甘ロリという言葉を彷彿させるものばかりだ。


「よく聞け、この世界は二つの国に分かれている。十代目が治める白の国と渋沢が治める赤の国だ。」
「二つしか国ないとか世界狭いね」
「余計な指摘はいらねぇんだよ。俺達は今領土争いをしている。それぞれの役持ち同士が定期的に戦い、そして領土を奪い合う」
「だから外を出歩く時は気を付けてね。それに領土争いってそれぞれのエリアを治めてる統治者同士の戦いでもあるから」
「だから森を越えられないんだね」


目の前の光景に自然と言葉が適当になっていく。説明に頭がついていかない。隣にいた山本君が「これとか似合うんじゃない?」なんて軽い口調で体に合わせてくるドレスを見下ろしては顔が引きつる。小夜子ならまだしもこんなのが私に似合う訳がない。またいつの間にか場所を移動していたヒバリが衣装ケースの中を探っている様子を恨めしく眺めた。獄寺君が色々とホワイトボードで説明してくれるのだが、説明は無駄に理屈的で右から左へと流れていく。


「この国の時間は不規則だ。昼になったかと思えば急に夜になる、夜になったかと思えば急に夕方になる。同じ時間帯がずっと続くこともあれば逆にすぐ終わることもある」
「外をよく見てごらん」
「外…?」


衣装ケースを探っているヒバリが急にそう言ったから部屋の窓から外へと視線をやった。ここに来るまでは明るかったのに気付けば真っ赤な夕焼けが差し込んでいる。もう夕方か、なんて思っていると突然ヒバリの手に銃が現れ、唖然としている間に引き金が引かれた。銃声が辺りに響くと同時に赤が消え、眩しいばかりの白い光へと変わっていく。


「何、今の…」
「本当は無闇に時間帯を変えちゃいけないんだけどね」
「そうじゃなくて今夕方だったのに一気にまた明るく…!」
「獄寺が言ってただろ?時間帯には不規則だって。此処じゃ時間は狂ってるんだよ。だから手順さえ踏めば役持ちは砂時計がなくても時間を変えられる」


夕方が昼になった。そんなことは有り得ないことで私の夢はなんて不可思議な設定をしているのだろうと頭を抱え込みたくなる。目の前のふりふりのドレスも、ひょこひょこと動く兎耳も、騎士の爽やかな様子でさえも、全てに頭が痛くなってきた。


「綱吉、客室はまだ空いてたよね?」
「えっヒバリさん、まさか…!」
「部屋を一つ用意させよう。キミはそこに住めばいい」
「住むって…この城に…?」
「行く当てなんて無いんだろ?人の好意は素直に受け取っておきなよ。」


有無を言わせないような言葉と共に淡い水色のと白いエプロンを手渡される。所謂エプロンドレスというやつで、不思議の国のアリスを思い出させるそれは他のドレスよりもまだまともに見えた。いつの間にか靴と靴下までも用意され、「着替えてきたら?」という綱吉君の言葉に獄寺君が反応し隣の空き部屋まで連れて行かれる。着慣れた制服を脱ぎ、着方さえもあやふやな衣装を身に纏う自分が鏡の中にいた。部屋に帰った時白いリボンのついたカチューシャを私の頭に付けるヒバリの手がやけに優しかった。