愛と欲望の戦い

すくあーろはうけでいいとおもうよ。


談話室に備え付けられたソファー。そこにミシェルはいた。 ミシェルの着ている赤いロングドレスには深いスリットが入っていて太股が露になっている。しかも作為的なのだろう、足を組んで壁にかけられた絵を眺めていた。ただでさえスリットの所為で下着が見えるかどうか際どいというのに足を組替える度に際どさが増していた。胸元もこれでもかと言わんばかりに開いていて見ようと思っていなくても胸の谷間に目がいってしまう。しかし何よりもその赤に引き寄せられる。 ミシェルの目と同じ色をした赤だった。金髪に赤がよく映えて余計に艶かしい。


「よぉ、ミシェル」


声をかければミシェルの赤い目がゆっくりとスクアーロを射抜いた。下半身が僅かながらにうずく。こういう時に改めて実感してしまう。俺は目の前のこいつに欲情しているのだと。スクアーロがそのことに気付いたのは少しまえ。欲情するのは男としての本能のようなものだと諦めているし、こいつの格好は誘っているとしか思えなかった。格好のみならず動作全てがそうなのだから欲情するのは仕方のないことにも思えた。まさに男を誘う為に存在している。(そんなことを言ったらこいつは笑いながら肯定するに違いねぇ)


「暇そうだなぁ」
「何?スクアーロ。別に暇なわけじゃないんだけど」


組んでいた足をわざとらしくゆっくりと下ろし、その代わりソファーの肘置きの部分に肘を乗せた。ヴァリアーの幹部以外でここまでこの屋敷で寛いでいるのはこいつくらいだろうとスクアーロはミシェルを眺めながらそんなことを思う。ソファーに居て違和感も何もなかった。まるで1枚の絵のように部屋の空間と一体化している。違和感などあるはずがなかった。むしろミシェルの法が居るべき人物で、自分の方が場違いに思えてしまうのが不思議だ。


「立っていないで座ったらどうなの?」
「別に俺は…」
「暇なのは私じゃなくて貴方の方でしょ」


ミシェルはそう言って赤い唇の端を僅かながらに上げた。赤いルージュが塗られた唇はそれだけでも十分艶かしい。それなのにその唇がミシェルの甘い声と混じりあい、そしてミシェルの体の一部だと思うとそれだけで自分の中の何かが音を上げるのだ。奪ってやりたいと正直スクアーロは思う。その唇だけでなく心も体も全てだ。


「確かに暇だが…別に部屋に戻れば良いだけだぁ」
「私は隣に座ってと言ってるの。この意味が分かるかしら?」
「意味ってそのままだろ?」
「馬鹿ね、スクアーロにお喋りの相手になって欲しいという私の気持ちが分からない訳?」
「う"ぉ"おい…んなもん分かる訳がねぇぞぉ」


俺の言葉にミシェルはくすくすと楽しそうに笑う。その笑い方は俺なんかには真似出来ないミシェル独特の笑い方。(勿論、XANXUSもベルもルッスーリアもマーモンもモスカも、この屋敷に沢山居るメイド達でもだ)くすくすと笑う度に細く白い喉元が揺れる。何度その白さに欲情したことだろうか。今部屋に帰れば確実に一本抜ける。こんな状態の俺が、今のミシェルの隣にいるなど蛇の生殺し状態に近い。そんなことを考えながらスクアーロはミシェルの隣に腰掛けた。こいつの言葉には妙な強制力があるのだ。 ミシェルは三人がけのソファーの真ん中を陣取っている為どうしても体が密着してしまう。任務帰りなのだろう、ミシェルの体からは香水の甘い匂いに混じって僅かに硝煙と血の匂いが漂っている。それを尋ねるとミシェルは薄く笑った。 ミシェルのそんな笑みは肯定を意味していると今までの付き合い上スクアーロは分かっていた。


「パーティーがあったの」
「パーティー?任務じゃ…」
「いいえ、任務だけどパーティーなの」


ふふっと品よく笑いながらミシェルは楽しそうに零す。この程度の言葉で何となく全てを理解してしまう自分は馬鹿だとスクアーロは思う。任務を終えた後だというのに怪我もなく、返り血の一つも浴びていないミシェルはやはり自分とは違う存在だった。きっと今回もミシェルらしい手でターゲットを殺してきたに違いない。決して死にたいとは思わないが、こういう時だけは殺された男たちが羨ましく思える。 ミシェルの戦っている姿をスクアーロは今まで見たことがなかったが、あの白く細い指が男の太い首を絞め、あの綺麗な金髪が男の血液と絡み合うのかと思うとそれだけで戦慄してしまう。きっと今以上に楽しそうに笑いながら引き金を引くのだろう。今日みたいに傷一つ負わず、返り血一つ浴びずに指一本だけで人を殺してしまうのだ。


「報告にはもう行ったのかぁ?」
「レヴィが邪魔でボスの部屋に入れなかったわ。」
「そんなことを気にする性格でもねぇだろぉ」
「だって折角なんだからボスと二人っきりになりたいじゃない」


ミシェルの言葉はどこか冗談めいていて本気なのか冗談なのかが読み取り辛い。しかしミシェルは誤魔化すことがあっても嘘を吐いたことはなかった。きっとミシェルのその言葉も本気なのだろう。だからと言ってボスのことが好きだということはないはずだ。ボスに惚れた女を五月蝿い老いぼれ達が放っておく訳がない。ヴァリアーを止めさせられ情婦へと転職だ。しかしミシェルならば情婦でも何でも軽々とやってみせるだろう。何を話せば良いのか分からなくてそんなことを考えていた。沈黙が続くがそれが何処と無く心地よい。自分と同じくらいの長さを持つミシェルの髪が首筋を撫でる。僅かながらのくすぐったさにさえスクアーロは心地よく思えた。何も言わずに時間は過ぎたが、ふとミシェルが口を開く。そしていつもの甘い声を吐き出した。


「ねぇスクアーロ、キスしましょう?」
「あ゛!?」
「あんな脂ぎった野郎の唇の味なんて忘れてしまいたいの」


なら最初からキスなどしなければいい。俺がそう言うとミシェルは小さく笑いながら俺の頬に手を沿わせた。止めろ、これ以上触れるなぁ…!俺の中の何かが叫ぶ。ぉのままじゃ俺は勢いに任せてどこまでもいってしまう。「私は皆みたに強くないんだもの」とミシェルは笑った。俺の頬に触れていた手はそのまま下ろされ俺の髪を弄んだ。その指使い一つにすら背筋に何かが走る。犯そうと思えば今すぐに犯せるに違いない。無理矢理でも何でも良い、取りあえず目の前にいる女を抱きたい。そんな欲望を抑えるのに必死になっていると少し前にベルが「ミシェルだから犯したくなるんだけど、ミシェルだから犯せないんだよ」と訳の分からないことを言っていたのを思い出す。その言葉を聞いた時、最初はいつものベルの戯言だと思いその言葉が意図することが分からなかった。しかし今更ながらにその言葉の意味が分かる。


「スクアーロは私とキスするのが嫌?」


首を立てにも横にも触れない情けない自分がいる。何故だか泣きそうになってきた。女なら今まで飽きる程抱いてきたというのに。これではまるで女を知らないただの少年のようだ。スクアーロはうな垂れる。 ミシェルは空いていたもう片方の手をさっきと同じようにスクアーロの頬に沿わせた。髪を弄るのを止め、両方の手でスクアーロの頬を包み込んだ。 ミシェルのあの赤い唇が近づき、ミシェルの吐息をすぐ近くに感じる。スクアーロは近づいてくる唇を避けることが出来なった。触れた唇からは上質のワインの味がする。その味にそのまま酔ってしまえたら楽なのに。